Episode 1
慶早戦のはじまり
この度は弊委員会のHPをご覧いただき、ありがとうございます。皆さまに慶早戦について少しでも知っていただきたく、このような連載企画を始めさせていただきました。部員ならではの視点を取り入れつつ、ご紹介して参りたいと思います。
さて、記念すべき初回は慶早戦の『はじまり』についてご紹介したいと思います。多くの方が各大学の創立者や年代から想像され、見当をつけられると思いますが、今回は詳しい歴史について少しでも知っていただければと思います。
現在多くの競技で慶早戦が行われ、選手、ファン共に熱い思いを抱いています。そのあらゆる競技の中で初めて「慶早戦」として戦いが繰り広げられたのは、1903年11月21日、明治36年のことでした。種目は野球。早稲田大学からの挑戦を受け実現したこの一戦は、現在の三田キャンパスの西側に存在した三田綱町野球場(綱町運動場)で行われました。公には第1回早慶野球試合と呼ばれ、11対9で塾野球部が勝利したとの記録が残っています。
当時、正式な発足から10年以上が経過し実績も残していた塾野球部に対し、早大野球部は創部から数年しか経っていなかったため、試合前から塾野球部の圧倒的な優勢が囁かれていました。しかし序盤から予想を大きく覆す大接戦となり、新興の早大野球部が善戦したことで、慶應側も早大を良きライバルとして評価するようになりました。
この試合後、両校は定期戦を行うことを約束し、輝かしい歴史を持つ伝統の「慶早戦」が始まることとなるのです。
ちなみにレガッタ慶早戦は1905年、ラグビー慶早戦は1922年が第1回とされており、そのほかの競技に関しても1920年代に開始されたものが多く、どれも1世紀以上の歴史を持っています。
次回は、定期戦開催開始から数年後に訪れた「中断」という波乱についてお伝えします。